ヌタウナギ

危険を感じると体から大量の粘液を放出し周囲の海水を瞬時にゼリー状に変えてしまう驚異の能力を持つヌタウナギ。名前にウナギと付いていますが私たちが普段食べているウナギの仲間ではなく顎を持たない原始的な無顎類というグループに属する生きた化石です。見た目のグロテスクさと大量のヌタを出す習性から嫌われることも多い魚ですが韓国では高級滋養強壮食材として大人気であり日本でも長崎県や秋田県など一部の地域で愛好されています。またその皮はイールスキンとして財布やバッグなどの革製品に加工され世界中で利用されています。進化の過程を現在に伝えるこの不思議な深海生物の生態と知られざる利用価値について解説します。
| 項目 | 内容 |
| 分類 | ヌタウナギ目ヌタウナギ科ヌタウナギ属 |
| 標準和名 | ヌタウナギ |
| 漢字 | 沼田鰻 |
| 別名 | メクラウナギ、アナゴ(長崎など) |
| 学名 | Eptatretus burgeri |
| 英名 | Hagfish / Slime eel |
| 季節 | 通年(秋から冬が旬とされる) |
| 生息域 | 本州中部以南の浅海から深海(水深10m〜200m) |
ヌタウナギとは
ヌタウナギは世界中の温帯から寒帯の海に生息するヌタウナギ科の魚類です。
魚類として扱われていますが厳密には脊椎動物の中で最も原始的なグループである無顎上綱に属しており顎を持っていません。これは恐竜が登場するよりもはるか昔のカンブリア紀やオルドビス紀に繁栄した生物の特徴を色濃く残していることから生きた化石と呼ばれています。
日本では漁業の網にかかると網をヌタまみれにして売り物にならなくしてしまうため漁師からは嫌われ者として扱われてきました。しかしその独特の食感と味の良さから韓国料理には欠かせない食材となっており日本から韓国へ大量に輸出されています。
ヌタウナギの特徴
体長は50センチメートルから60センチメートルほどになります。
体は細長い円筒形でウナギに似ていますがウロコはなく皮膚は滑らかで丈夫です。
最大の特徴は顎がないことです。口は吸盤状ではなく縦に裂けたような形をしており周りには4対8本のヒゲが生えています。目退化して皮膚の下に埋没しており光を感じる程度しか機能していません。
体の側面には粘液腺が一列に並んでおり外敵に襲われるとここから白い糸状の物質を放出します。これが海水を含むと一瞬にして膨張し大量の透明な粘液(ヌタ)となります。このヌタは捕食者のエラを塞いで窒息させるほどの威力があります。
また自分の体をひと結びにしてその結び目を移動させることで体についたヌタを拭い取ったり獲物から肉を引きちぎったりする独自の動きを行うことができます。
ヌタウナギの生態とライフサイクル
食性は肉食性ですが主に死肉や弱った魚を食べるスカベンジャー(腐肉食者)です。
海底に沈んだクジラや大型魚の死骸に集まり皮膚を食い破って体内に侵入し内側から肉や内臓を貪り食います。この習性から海の掃除屋とも呼ばれます。またゴカイなどの底生生物を捕食することもあります。
夜行性であり昼間は海底の泥の中に潜っていますが夜になると餌を求めて活動します。
繁殖生態については謎が多く詳しいことは分かっていません。深海で大きな卵を産むと考えられていますが産卵場所や時期など不明な点が多く残されています。
ヌタウナギの分布と生息環境
日本の本州中部以南から東シナ海朝鮮半島にかけて分布しています。
水深10メートル程度の浅い場所から水深数百メートルの深海まで幅広い深度の泥底に生息しています。
近縁種のクロヌタウナギなどはより深い場所に生息していますがヌタウナギは比較的浅い場所でも見られます。
ヌタウナギの漁法
日本では主にヌタウナギを専門に狙うカゴ漁や筒漁が行われています。
塩ビパイプやプラスチック製のカゴにサバやイワシなどの餌を入れて海底に沈め匂いに釣られて入ってきたヌタウナギを捕獲します。
アナゴ漁の外道として捕獲されることもありますが網で獲ると大量のヌタを出して網の目を詰まらせてしまうため専門の漁法以外では嫌われます。
漁獲されたヌタウナギの多くは生きたまま韓国へ輸出されたり加工用として革製品の原料になったりします。
ヌタウナギの料理
見た目とヌタのイメージから敬遠されがちですが下処理さえしっかり行えば非常に美味しい魚です。
コムジャンオ(韓国風炒め・網焼き)
韓国釜山の名物料理です。
皮を剥いだヌタウナギをぶつ切りにしコチュジャンベースの甘辛いタレと野菜と一緒に鉄板で炒めます。また炭火でそのまま焼いて塩やごま油で食べることもあります。
火を通すと身がギュッと締まりホルモンのようなコリコリとした独特の歯ごたえが生まれます。噛むほどに旨味が溢れ出し酒の肴として最高です。滋養強壮に良いスタミナ食として親しまれています。
棒焼き(ボタ焼き)
長崎県の一部地域などで食べられている伝統料理です。
生きたままのヌタウナギを網に乗せて焼くと激しく動き回るためボタボタすると言われボタ焼きとも呼ばれます。焼き上がると皮が簡単に剥がれるようになります。醤油やタレをつけて食べると香ばしさと弾力のある食感が楽しめます。
唐揚げ・煮付け
皮を剥いで下処理をした身を唐揚げにすると鶏の軟骨や砂肝のような食感になり美味です。煮付けにするとゼラチン質が溶け出し濃厚な味わいになりますが冷めると煮凝りができるほどコラーゲンが豊富です。
ヌタウナギの皮革製品(イールスキン)
ヌタウナギの皮は非常に丈夫でしなやかなため革製品として加工されています。
イールスキン(EelSkin)と呼ばれ財布やバッグ靴小銭入れなどに使われます。
牛革よりも強度があり水にも強く使い込むほどに艶が出るのが特徴です。幸運を呼ぶ革としても人気があります。一般的にウナギ革として売られている製品のほとんどはこのヌタウナギの皮です。
まとめ
ヌタウナギは顎を持たない太古の姿を留めた生物でありながら大量のヌタという最強の防御武器を持つ進化の不思議を感じさせる魚です。日本では馴染みが薄いかもしれませんが韓国や一部の地域ではその食感と栄養価の高さで愛され続けています。またあなたの持っている革製品も実はこのヌタウナギから作られているかもしれません。水族館や市場でその姿を見かけたら5億年の歴史を生き抜いてきた生命力に思いを馳せてみてください。
ヌタウナギに関するよくある質問
ヌタはどうやって処理すれば良いですか
ヌタは真水や熱に弱いためヌタウナギをそのまま調理することは困難です。通常は生きたまま目打ちをして皮をきれいに剥ぎ取ることでヌタ腺ごと取り除きます。皮さえ剥いでしまえば身からヌタが出ることはありません。皮を剥ぐ様子が残酷に見えることもありますが美味しく食べるためには必須の工程です。
噛まれますか
顎がないため噛みつかれることはありません。口は左右に開く構造になっており角質の歯舌(しぜつ)で肉を削ぎ取るように食べます。指を近づけても吸い付かれる程度ですが死肉を食べる習性があるため衛生面には注意が必要です。
ウナギとは全く違うのですか
はい全く異なります。ウナギは硬骨魚類ウナギ目に属しますがヌタウナギは無顎上綱ヌタウナギ目に属します。脊椎動物としてのグループ自体が異なり人間と魚以上に離れた関係と言っても過言ではありません。背骨も発達しておらず軟骨の脊索(せきさく)が体を支えています。































