エゾイシカゲガイ

高級寿司店で夏から秋にかけて、「イシガキガイ」という名前で提供される白い貝。その正体が、このエゾイシカゲガイです。トリガイ(鳥貝)の仲間ですが、トリガイのような黒い皮はなく、身は美しいクリーム色をしています。かつては北日本で細々と獲れるマイナーな貝でしたが、岩手県陸前高田市(広田湾)での養殖技術が確立されて以降、その圧倒的な甘みと独特の食感が評価され、今や豊洲市場でも最高級の評価を受ける「夏の主役」となりました。トリガイよりも甘いと評されることもある、この「白いトリガイ」の魅力や、名前のややこしい事情、そして寿司職人が唸る味について解説します。
| 項目 | 内容 |
| 分類 | 二枚貝綱ザルガイ目ザルガイ科イシカゲガイ属 |
| 標準和名 | エゾイシカゲガイ |
| 漢字 | 蝦夷石陰貝 |
| 別名 | イシガキガイ(市場名・寿司屋名)、シロトリガイ |
| 学名 | Clinocardium californiense |
| 英名 | Bering Sea cockle |
| 季節 | 夏から秋(7月〜10月頃) |
| 生息域 | 北海道、東北地方、北陸地方の冷たい海の砂泥底 |
エゾイシカゲガイとは
エゾイシカゲガイは、寒冷な海を好むザルガイ科の二枚貝です。
水深10メートルから30メートルほどの砂泥底に潜って生活しています。
殻は丸く膨らんでおり、放射状の溝(放射肋)があるのが特徴で、見た目は大きめのシジミや、殻の厚いトリガイに似ています。
もともとは北海道やオホーツク海沿岸で天然物が獲れていましたが、数が不安定で幻の貝扱いされていました。
しかし、1990年代から岩手県の広田湾で養殖が本格化し、現在流通している高級な「イシガキガイ(通称)」のほとんどは、この広田湾産の養殖エゾイシカゲガイです。
震災を乗り越えて復活した「奇跡の貝」としても知られています。
特徴と「イシガキガイ」という名前
【市場での呼び名】
この貝の最大の混乱ポイントは名前です。
標準和名は「エゾイシカゲガイ」ですが、寿司屋や魚屋では「イシガキガイ(石垣貝)」という名前で売られています。
実は「イシガキガイ」という標準和名を持つ別の貝も実在するのですが、市場でその名で流通しているのは99%、このエゾイシカゲガイです。
「エゾイシカゲガイ」という名前が長くて覚えにくいため、市場で呼びやすい名前に変化したと言われています。
【トリガイとの違い】
トリガイと近縁で、形や味の方向性は似ていますが、決定的な違いは「色」と「食感」です。
- トリガイ:足(食べる部分)が黒い。柔らかく、しなやかな食感。
- エゾイシカゲガイ:足がクリーム色(薄い黄色)。サクサクとした歯切れの良い食感があり、身に厚みがある。
エゾイシカゲガイの漁(養殖)
現在、市場に出回るものの多くは養殖物です。
広田湾の養殖
岩手県陸前高田市の広田湾が一大産地です。
天然の稚貝を採取し、カゴに入れて海に吊るす「垂下式養殖」で1年から2年かけて丁寧に育てられます。
この養殖ものは、殻が薄くて身入りが良く、砂を噛んでいないため非常に高品質です。
漁期は夏場が中心で、トリガイのシーズンが終わる頃に入れ替わるように出荷されるため、夏の寿司種として重宝されます。
食材としての評価
味は「甘み」が際立っています。
貝類の中でもトップクラスの甘みを持ち、噛むたびにジューシーな旨味が溢れ出します。
食感は独特で、アワビのようなコリコリ感とも、ホタテのような柔らかさとも違う、「サクッ」とした歯切れの良さがあります。
新鮮なものは、まな板に叩きつけると身がキュッと反り返って動くほど生命力が強く、その動きを見るのもカウンター寿司の醍醐味です。
価格は高く、高級食材として扱われます。
エゾイシカゲガイの料理
甘みと食感をダイレクトに味わうなら、生食一択と言っても過言ではありません。
刺身・寿司
エゾイシカゲガイの魅力を100%引き出す食べ方です。
殻から身を外し、開いて内臓を取り除きます。
食べる直前に、手のひらでパンと叩くと、身がギュッと縮まって硬くなり、食感が「サクサク」に変化します。
この状態で口に運ぶと、爽やかな海の香りと濃厚な甘みが広がります。
酢飯との相性も抜群で、夏の寿司には欠かせない一貫です。
バターソテー
火を通すと甘みがさらに増します。
生でも食べられるので、サッと表面を焼く程度(レア)にするのがコツです。
バター醤油の香ばしさが、貝の甘みを引き立てます。
アスパラガスやキノコと一緒に炒めると、フレンチの一皿になります。
酒蒸し・炭火焼き
殻付きが手に入ったら、シンプルに酒蒸しや網焼きにします。
殻が開いた瞬間に漂う香りは食欲をそそります。
加熱しすぎると身が小さく硬くなってしまうので、開いたらすぐに食べるのが鉄則です。
まとめ
エゾイシカゲガイは、「イシガキガイ」の名で愛される、北の海が生んだ白い宝石です。トリガイの代用品だと思って食べると、その予想を裏切る強い甘みと、小気味よい食感に驚かされることでしょう。もし夏場の寿司屋で「イシガキガイ」を見つけたら、板前さんが身をパンと叩いて出してくれるそのパフォーマンスと共に、口の中で広がる上品な甘さを堪能してください。
エゾイシカゲガイに関するよくある質問
「イシガキガイ」と注文しても通じますか
はい、寿司屋や魚屋では「イシガキガイ」と呼ぶ方が一般的で、確実に通じます。
むしろ「エゾイシカゲガイ」と言うと、「詳しいですね」と驚かれるか、逆に「うちはイシガキガイだよ」と訂正されるかもしれません。
中身は同じですので安心してください。
鮮度の見分け方は
殻付きの場合は、口をしっかり閉じているもの、持った時に重みがあるものを選びます。
むき身の場合は、身の色がくすんでおらず、艶のあるクリーム色をしているもの、そして触った時に反応して動くものが新鮮です。
動かないものは鮮度が落ちており、特有のサクサク感が失われている可能性があります。
家で捌けますか
アサリやハマグリと同じ二枚貝なので、洋食ナイフや貝剥きがあれば簡単に開けられます。
ただし、身の中に砂を含んでいることは少ないものの、内臓(黒っぽいウロ)を取り除く作業が必要です。
開いてウロを綺麗に洗い流せば、あとは刺身で食べられます。































