定置網漁とは?仕組みやメリット、近年の課題までわかりやすく解説
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日本の沿岸漁業において、古くから地域の人々に海の恵みをもたらしてきた代表的な漁法が「定置網(ていちあみ)漁」です。魚を追いかけて一網打尽にするのではなく、魚が自ら網に入るのをじっと待つ独特なスタイルは、環境負荷の少ない「サステナブルな漁法」として今、世界中から大きな注目を集めています。
本記事では、定置網漁の基本的な仕組みや他の漁法との違い、メリット・デメリット、そして直面している最新の課題まで分かりやすく解説します。
まず読みたい:養殖システムの全体像
目次
定置網漁とは?
定置網漁は、日本の伝統と科学的な知恵が詰まった「待ち」の漁法です。まずはその基本的な定義と、なぜ日本でこれほどまでに普及・発達したのかを紐解いていきましょう。
定置網漁の仕組み
定置網漁とは、海の中の決まった場所に巨大な網をあらかじめ設置(定置)しておき、そこに入り込んできた魚を漁獲する漁法です。網は数ヶ月から1年を通じて同じ場所に固定されており、漁師たちは毎朝、船で網の設置場所まで赴いて中に溜まった魚をすくい上げます。
魚の習性を利用した「待ちの漁」とは
魚には「陸地や障害物にぶつかると、より深い沖合の方へ逃げようとする」という習性(障害物回避本能)があります。定置網漁はこの習性を巧みに利用しています。岸から沖に向かって長く伸ばした網(垣網)で魚の進路を遮り、行き場を失って沖へ逃げようとする魚を、自然と網の奥(ポケット)へと誘導する仕組みです。
日本で定置網漁が発達した理由
四方を海に囲まれた日本は、海岸線が複雑に入り組んだリアス海岸や湾が多く、沿岸近くまで水深が深く切り込んでいる地形が豊富です。また、日本近海には豊かな暖流と寒流が流れており、多くの回遊魚が岸近くまでやってきます。このような「定置網を仕掛けやすい地形」と「魚が豊富に回遊してくる海流」が揃っていたため、日本では独自の進化を遂げました。
定置網漁の種類
定置網漁は、網を設置する場所の水深や、網全体の大きさによっていくつかの種類に分類されます。
大型定置網
水深27メートル以上の比較的深い沖合に設置される巨大な網です。長さが数百メートルから、大きいものでは1キロメートルを超えるものもあります。主にブリやサケ、マグロといった大規模な群れで移動する回遊魚をターゲットにしており、複数の大型漁船と大人数のチームで操業します。
小型定置網
水深27メートル未満の浅い湾内や沿岸近くに設置される、文字通りコンパクトな網です。「落とし網」や「升網(ますあみ)」などが含まれます。個人や少人数の家族経営で操業されることが多く、地域に根ざした多種多様な沿岸魚を漁獲します。
身網・箱網など網の構造
定置網の内部は、魚を迷い込ませる「垣網(かきあみ)」、入ってきた魚を奥へ促す「運動場」、さらに奥の逃げにくい構造になった「登り網」、そして最終的に魚が溜まる「身網(みあみ)/箱網(はこあみ)」という複数の部屋に分かれています。漁師が毎朝引き上げるのは、この一番奥にある身網の部分だけです。
【比較表】
| 種類 | 設置場所 | 特徴 |
| 大型定置網 | 水深27m以上の沖合 | 全長数百m〜1km超。ブリやサケなどの回遊魚を狙い、大型船とチームで操業。 |
| 小型定置網 | 水深27m未満の沿岸・湾内 | 構造が比較的シンプル。個人や少人数で管理し、多様な地魚を漁獲。 |
定置網漁と他の漁法との違い
他の主要な漁法(まき網、底びき網、刺し網)は、人間側から魚を「探しに行く・追いかける」能動的な漁法ですが、定置網は根本的にアプローチが異なります。
まき網漁との違い
まき網漁は、魚群探知機などで回遊魚の群れを追いかけ、巨大な網でぐるりと囲んで一網打尽にする漁法です。一度に大量の魚を捕獲できますが、船の燃料費が非常にかかるほか、群れごとすべて獲り尽くしてしまうリスクがあります。
底びき網漁との違い
底びき網漁は、袋状の網を船で引っ張りながら、海底にいる魚介類を泥や砂ごとさらう漁法です。海底の生態系や地形にダメージを与えやすいというデメリットがありますが、定置網は中層・表層に固定されているため、海底環境を傷つけません。
刺し網漁との違い
刺し網漁は、魚の通り道に帯状の網をカーテンのように張り、網の目に魚の頭を刺さらせて捕らえる漁法です。魚が網に絡まって傷つきやすいほか、網にかかった状態で長時間放置されると鮮度が落ちますが、定置網の中の魚は生け簀(いけす)のように泳いでいるため無傷で鮮度が保たれます。
【比較表】
| 漁法 | 特徴 | メリット | デメリット |
| 定置網漁 | 網を固定して魚を待つ | 獲りすぎない、鮮度抜群、省エネ | 魚が来ないと収獲ゼロ、台風に弱い |
| まき網漁 | 魚群を網で囲んで捕る | 短時間で大量に漁獲できる | 燃料費が高い、乱獲に繋がりやすい |
| 底びき網漁 | 海底の網を船で引く | 海底の魚やエビを確実に捕る | 海底の生態系を傷つけるリスク |
| 刺し網漁 | 網の目に魚を絡ませる | 狙った場所へピンポイントで設置 | 魚体が傷つきやすい、鮮度管理が困難 |
定置網漁で獲れる主な魚種
定置網を設置する地域や季節(水温の変化)によって、水揚げされる魚のバリエーションは劇的に変化します。
- ブリ・アジ・サバなどの回遊魚:日本の沿岸をダイナミックに回遊する立役者たちです。特に冬場に大型定置網で獲れる「寒ブリ」は、地域の最高級ブランドとして高値で取引されます。
- サケ・マス類:秋から冬にかけて、産卵のために生まれた川へと戻ってくるサケやマスは、北日本(北海道や東北)の定置網漁における最大の収入源となります。
- イカ・その他の沿岸魚:スルメイカやアオリイカのほか、マダイ、スズキ、サワラ、カワハギなど、湾内に生息する多種多様な魚介類が毎朝網にかかります。
定置網漁のメリット
世界中でエコラベル(MSC認証など)の重要性が叫ばれる中、定置網漁が持つ持続可能性(サステナビリティ)の高さが再評価されています。
魚を獲りすぎにくい持続可能な漁法
定置網に入った魚のうち、実際に漁師が網を引き上げて水揚げするのは「全体の2割〜3割程度」と言われています。残りの魚は、網の隙間から自然と逃げていくか、引き上げられずにそのまま海の中を泳ぎ続けます。群れを全滅させないため、自然と資源保護に繋がっています。
活魚出荷による高い鮮度
網の奥に入った魚は、水揚げされる瞬間まで傷つくことなく元気に泳いでいます。そのため、船の上で即座に「活締め(いきじめ)」や氷水による血抜き処理を行うことができ、極上の鮮度を保ったまま市場や飲食店へ出荷できます。
燃料費を抑えられる
毎日決まった場所へ行って網を上げるだけなので、魚の群れを探して何時間も大海原を走り回る必要がありません。船の燃油消費量が極めて少なく、環境に優しい(CO2排出量が少ない)上に、原油高のリスクにも強い経営が可能です。
混獲を減らしやすい
もし網の中に、市場価値のない小さな未成魚や、捕獲が禁止されている絶滅危惧種(ウミガメなど)が迷い込んでしまっても、網をあげる段階で生きたまま海へ戻す(リリースする)ことが非常に容易です。
定置網漁が抱える課題
数多くのメリットがある理想的な漁法に見える定置網漁ですが、自然の猛威や地球規模の環境変化によるシビアなリスクとも隣り合わせです。
台風や急潮による漁具被害
定置網の最大の弱点は「移動できないこと」です。大型の台風が直撃したり、激しい海洋の「急潮(きゅうちょう:突発的な強い潮流)」が発生すると、数千万円から億単位の費用がかかる巨大な網や浮き(ウキ)がねじ切られ、一瞬にして壊滅的な被害を受けることがあります。
黒潮の蛇行・海水温上昇による魚種変化
地球温暖化による海水温の上昇や、近年の「黒潮の大蛇行」の長期化は、魚の回遊ルートを大きく狂わせています。これまで秋にサケが大量に獲れていた地域で全くサケが獲れなくなり、代わりに本来南の海にいるはずのブリやシイラが大量にかかるといった漁場の激変が、漁師たちを悩ませています。
漁業者の高齢化と人手不足
大型定置網を引き上げるには、早朝から十数人以上の息の合ったチームワーク(共同作業)が必要です。しかし、漁村の過疎化と高齢化が進んだことで、網を維持するための「人手(労働力)」を確保できない地域が増加しています。
漁獲量の変動リスク
良くも悪くも魚が来るのを「待つ」仕組みであるため、海流の変化などで魚が沿岸に近づかなければ、漁獲量はゼロになります。収入の浮き沈みが激しく、安定した経営予測を立てにくい点が課題です。
定置網漁の未来
直面する課題を克服し、沿岸漁業の主役であり続けるために、最新のデジタル技術を取り入れた新しい挑戦が始まっています。
ブリTACによる資源管理
持続可能な資源量を維持するため、国は主要魚種に対して「TAC(漁獲可能量)」を設定しています。定置網漁で最も重要な魚種であるブリに関しても、地域ごとに漁獲枠を厳格に管理し、獲りすぎを防ぐ持続可能な管理体制への転換が進んでいます。
スマート定置網の開発
スマート水産業の一環として、網の内部に「水中カメラ」や「魚群探知センサー」を設置したスマート定置網の導入が始まっています。これにより、漁師は陸上にいながら「今、網の中にどれくらいの魚が入っているか」をスマホでリアルタイムに確認できるようになりました。
AI・IoTによる漁場予測
過去の漁獲データと、人工衛星が観測した海水温や潮流のデータをAIに学習させ、「明日、どのくらい魚が網に入るか」「急潮がいつ発生するか」を高精度で予測するシステムの構築が進んでいます。これにより、無駄な出港を減らし、網の被害を未然に防ぐことが可能になっています。
持続可能な沿岸漁業への転換
定置網漁が持つ「環境に優しく、魚にストレスを与えない」というストーリーは、これからの時代の消費者に強く響く要素です。海外のMSC認証の取得を目指す動きや、日本の伝統的な定置網のノウハウを、東南アジアなどの途上国へサステナブルな漁法として輸出・技術指導する取り組みも活発化しています。
まとめ
定置網漁は、自然の力を逆らわずに利用する、世界に誇るべき日本のクリーンな漁法です。気候変動や担い手不足といった大きな壁に突き当たっていますが、AIやIoTといった最新テクノロジーを融合させることで、より安全で効率的な「スマート水産業」へと脱皮を始めています。私たちがこれからも美味しい魚を食べ続けるために、鮮魚売り場で「定置網で獲れた地魚」を見かけた際は、その背景にあるサステナブルな価値をぜひ思い出して選んでみてください。
